歩兵戦闘車 プーマ(工事中)
2011/02/21;作成
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photo by Eurospike Gmbh
概要
プーマは、マルダーの後継として採用された歩兵戦闘車である。本車は空輸による可搬性、発展性、生存性に重点を置かれて開発された。本車は、既に先行量産車5両が引渡され、量産車405両の調達が予定されている。
項目
前史
試作
構造(準備中)
武装(準備中)
視察装置(準備中)
防御(準備中)
機動性(準備中)
派生型(予定)
生産と配備(予定)
批判(準備中)
諸元(準備中)

   

前史

プーマの前任のマルダー歩兵戦闘車(Marder1A5)
Photo by HEER
HS30
1956年にドイツ連邦軍が創設されると、必要な装甲戦闘車両の検討が始められた。この時、第二次世界大戦で使用された装甲兵員輸送車Sd.Kfz.251の経験を元に、現代の機械化歩兵に相応しい装甲兵員輸送車が要求された。しかし、当時の軍需産業は主力戦車と駆逐戦車の開発に集中しており、歩兵戦闘車を開発する余裕がなかった。この為、イスパノ・スイザ製のHS-30が採用され3625両が調達された。HS‐30は20㎜機関砲を主武装とし、乗員は8名だった。こうして配備されたHS-30だが評価は最悪だった。本車は、リアエンジンで兵員用後部ハッチを有していなかった上、足回りに重大な欠陥を抱えており整備に多くの時間を取られた。さらにレオパルト1の配備が始まると、HS-30の路外機動性ではレオパルト1に追及できないことが問題となった。

マルダー

こうして開発が始められたのがマルダー歩兵戦闘車であった。これはドイツ初の国産歩兵戦闘車であり、西側初の本格的歩兵戦闘車でもあった。マルダーはフロント・エンジンで、車体後部に下車兵員用ハッチが備えられた。これにより、歩兵は車体を盾にして展開することができる。武装は、当初20㎜機関砲と7.62㎜ MG3機関銃のみだったが、後にミラン対戦車ミサイルも導入された。乗員は、当初3名+兵員7名だったが、後に
ミランが搭載されると乗員1名が削減された。マルダーは1971年から2136両が配備された。本車は、数次にわたる改良が行われ、サブタイプはA5A1まで存在する。

 
マルダー2
 
マルダー2試作車 VT001 Photo by Bojoe
Creative Commons-Lizenz Namensnennung 3.0 Unported/ GNU-Lizenz freie Dokumentation, Version 1.2 )
開発
マルダー歩兵戦闘車の後継開発は、1980年には既に始まっていた。この計画はPV90の名称で始められ、1982年にKW90(カンプフ・ヴァーゲン90)と変更された。この計画では、共通のプラットフォームから以下の派生型を製造することが計画された。

●歩兵戦闘車
●対戦車戦闘車(砲或いはミサイル装備)
●砲戦闘車(対ヘリ)
●戦車駆逐戦闘車(EPLA/ミサイル武装の昇降式プラットフォーム)
●迫撃砲戦闘車

これらの派生型は、戦車駆逐・対ヘリ戦闘車の名称でEPLAだけを開発する1987年に決定された。

そして、メーカーから提案されたコンセプトを評価した結果、1987年の末にクラウス・マッファイの提案が、戦術、経済、兵站の観点で最良とされて選ばれた。そして、1989年にBWB(連邦兵器技術及び調達局)はクラウス・マッファイと歩兵戦闘車型の試作契約を結び、1991年秋に試作車VT001がマルダー2の名称で完成した。


構造
マルダー2は歩兵戦闘車としては一般的な構造で、2名用砲塔を搭載しており、乗員は、3名+兵員7名であった。重量は43tと当時としては重く、歩兵戦闘車としては重装甲だったと思われる(マルダー1A3は33.5t)。兵員室のガンポートは廃止されており、後部ハッチは動力ランプではなく片開きの扉が二つ取り付けられていた。主砲のRh503は、砲身を交換することで35㎜と50㎜の砲弾を発射することが出来る。50㎜弾は、35×228弾と同じ薬室で使用できるようにする為に、Supershotと呼ばれる薬莢内に弾丸の大部分が埋め込まれた形態となった(35㎜AP弾と50㎜APFSDS弾)。主砲は安定化されていた。駆動装置は、出力1000PSの8気筒ディーゼルエンジンmt881だった。


開発の中止
マルダー2の計画は、技術試験と部隊試験が行われる前の1992年12月の計画会議で中止されてしまった。これは、東西冷戦の終結とドイツ再統一による軍事予算の削減によるものだった。戦車駆逐・対ヘリ戦闘車も駆逐戦車パンターの名称で開発が進められていたが中止された。マルダー2の試作車VT001は、現在はコブレンツにあるBWBの軍事技術博物館に収蔵されている。


もう一つのプーマ
因みに、この頃クラウス・マッファイは輸送及び戦闘車両プーマ(Transport- und Gefechtsfahrzeug PUMA )と呼ばれる歩兵戦闘車をプライベートベンチャーで試作していたが、これは本項で解説するプーマとは関係ない別ものである。こちらのプーマは5両が試作されたのみで中止されている。これは、幅広い派生型に対応するために転輪4組と転輪5組の2種類のプラットフォームが用意された。この中にはレオパルト1の砲塔を搭載した戦車駆逐型もあり興味深い。

 
NGPプログラム
 
NGPの歩兵戦闘車型 左はMak、右はヴェクマンの提案
(イラストは、コンセプトCGを管理人が模写した)
開発
KW90計画は冷戦の終結により中止されたが、3年後に再び歩兵戦闘車の開発が始められた。1995年に陸軍首脳部は70年代に導入されたレオパルト2、マルダー、ゲパルトの後継車両の開発を始めた。マルダーは既に25年にわたって使用されており、数度の戦力向上改修が行われていたが2010年には寿命を迎えると考えられた。こうして1995年にNGP(新型装甲プラットフォーム)の名称で計画が始められた。そして、最初の計画では2007年が導入期限として定められた。


NGPの特徴
この計画では、戦車と歩兵戦闘車を含む装甲戦闘車両は、共通のプラットフォームを用いて製造するとされた。これは、各種派生型車両は戦車と同じ生存性や機動性が求められた為である。NGPは、高度な防御力が求められ、重量の増加が予想された。これを解決するために、乗員を2名にすることで軽量化を図るとされた。


歩兵戦闘車型
そして1996年にMak社とヴェクマン社は、BWB連邦兵器技術及び調達局)にコンセプト構想をBWBに提出した。この時、Mak社はフロントエンジンの共通車台を提案し、ヴェクマン社はリアエンジンの共通車台を提案した。重量は、55.0~71.9tに達するとされた。
NGPプログラムの問題は、エンジンの配置であった。戦車はリア・ドライブが適しており、歩兵戦闘車はフロント・ドライブが適している。これを共通のプラットフォームで賄う場合、苦しい妥協が必要と考えられた。例えばヴェクマンの歩兵戦闘車は、リア・エンジンであるために車体後部の兵員室が極端に小さかった。


計画の中止
こうしてNGPプログラムは進められたが、軍縮によりNGPの調達予算が不足していた為、まず歩兵戦闘車型のみを調達するとされた。こうして歩兵戦闘車型の開発が進められていたが、詳細な設計に入る前の2001年春に仕様要求に大幅な変更が求められた。NATO及びEUレベルでの安全保証協定により、地域紛争を迅速に食い止めるために空輸可能な緊急介入部隊の構築が求められたのだ。この戦略輸送のために、A400M輸送機の開発が欧州の中心的な国々により1996年に取り決められた。このA400Mは最大積載量が32tで、NGPの歩兵戦闘車型は搭載することが出来ず、A400Mに搭載可能な重量の歩兵戦闘車を新たに開発するとされ、NGPプログラムは中止された。


こうして、空輸可能なプーマの開発が始められた。

 
参考資料
MILITÄRFAHRZEUG誌2006年3号掲載 Rolf Hilmes著 『Neuer Schuzenpanzer Fur Die Bundeswehr PUMA』
Rolf Hilmes著 『Kampfpanzer heute und morgen』
Peter Blume著 『Spz MARDER』
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あとがき
・・・というわけで
プーマの紹介を始めました。
でも
プーマの紹介が始まる前に終わっちゃたよ。
プーマについて調べ始めてみたら
あんまり情報が多かったので
何回かに分けて更新することしたのです。

そうしたら、こんな事になっちゃいました。
そういうわけで
ぼちぼちやってくから、たまには見に来てね☆
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